西宮北口駅、1995 年 2月下旬

10年以上前に一度、西宮北口駅で降りて長い距離を歩いたことがある。

ちょうど、おばが北に2駅先の甲東園駅の近所に住んでいた。あの大震災の後だった。ようやく阪急電車西宮北口まで回復したので、救援物資をリュックに背負って出かけたのだ。結局、最寄の甲東園駅までは電車が回復していなかったので、西宮北口から歩いて行くことになった。避難所となっていた小学校に、叔母と従弟を訪ねてから、住んでいたアパートまで案内してもらった。木造のアパートはやはりものの見事に全壊で、二階に住んでいたおばは、部屋ごと真下の住民を押しつぶしながら*1も、何とか命辛々、脱出できたと言っていた。周りを見ても中途半端に更地になった区画が多い。まともに建っている家の方が少ない。そんな光景を漠然と見ていた。

「中に何か残ったものを取りに行こうか?」

何気なくさびしそうに崩れたアパートを見ている叔母、そうに申し出たが、即却下。確かに危険なのは百も承知だった。社交辞令にしては、気が利いていないと思った。あのころ、戦後の日本始まって以来、災害ボランティアが盛り上がり、いわいる災害ユートピア*2な状況が様々な場所で発生していたと思う。あの地域では、困っている人には見知らぬ人でも何か手伝いを申し出るというのが、ある種の礼儀作法のようになっていたと思う。そんな雰囲気に漬かっていたのかもしれない。

ちょうど、そのときに、従弟に話しかけきたのは、従弟と同じ高校の同級生だった。従弟も高校三年生だったと思う。学校にも被害が大きく、震災後、三学期になって、まともに学校にも行けない状態が続いていたそうだ。結局、三学期の授業も、卒業式もまともに実施できずに終わったらしい。

「これが最後になるんや。」

従弟の同級生は、と別れの挨拶に来たらしい。震災で家を失ったのだろうか。結局、遠くに行くことになったので、もう会えないかもしれない。だから、わざわざ壊れた自宅に戻った従弟をたずねてきたようだ。全壊した家のすぐ傍の道端で、卒業式も素通りの別れの挨拶。少し大げさかもしれないが、これも震災による非日常の一断面だったのかもしれない。

その後、一時的に避難している小学校に行き、話しをしていた。救援物資として、過剰にだぶついていた、ミスタードーナツのドーナツを出してもらい、持ってきたお茶を差し出して、これからどうするのか。そんなことを話し合っていたと思う。校内では、年を取った人が虚ろな眼で空を眺めている傍ら、校内放送から聞こえてくる元気な声の主を初めとして、避難所の運営のお手伝いをしている小学生達のなんと元気だった事か。そのコントラストだけが、強烈に印象に残っている。

帰りしな、同じような目的で来ていた人の波で、西宮北口はごった返していた。すぐ傍に放送機材を持ったスタッフと一緒に歩いていた北野誠がいたが、ずいぶん疲れた顔をしていたと思う。多分、何かの震災関係のレポートだったのだろう。電車にのってから、駅の東北の方を見ると、押しつぶされた木造民家の並んだ狭い路地が見えた。あたかも怪獣、巨大ロボットにでも踏み潰されたのだろうかと思うぐらいの光景だった。

その後、あの地域には関学に仕事の都合で何度か通っていたことがある。後は西宮北口にグルメな友達が一人居るので何度か、あの近辺のおいしい店に案内してもらった事がある。今では震災で崩れ去った古き家屋や曲がりくねった小道はすべてきれいに更地にされ、小奇麗なビルやマンションが立ち並ぶようになった。そんな日常も実は案外と年月の浅いものだったりする。

最近、あの西宮北口や山手の甲陽園の周辺を舞台にした、「ビミョーに非日常系学園ストーリー!」と銘打った面白い小説があるらしいの、出張の際、新幹線での時間つぶしに買って読んでみた。最初はへーと少し興味を覚えた程度だったが、その舞台が西宮北口や甲陽園周辺だと知ってからか*3、なぜか急に興味が出てきた。なぜだろう。やはり、あの10年前の出来事の記憶が、「非日常系学園ストーリー」という帯の文句に反応したせいだろうか。

それとも、西宮北口のおいしい店を紹介して暮れるねーさんが、魔女の買う猫のように魂が九つぐらいありそうな個性的な人で、その昔、中学か高校生のころ、天文部を率いて、文化祭で発表するために、校舎の屋上にミステリーサークルを作成し、UFO の召還実験を本気で実行しようとして、取りやめになるまで、校長先生以下、教職員総出で、説得された経験の持ち主だからであろうか。

読んでみた後、そんなことを思い出しながら、ふと思った、「涼宮ハルヒ」はあの震災直後、何をしていたのだろうか。やはりずっと地元だったのだろうか。まだ小学校に入る前だっただろう。たぶんに避難所となった小学校で、放送室に入り込んでいたずらでもしていたのだろうか。

あと、7巻あるらしい。当面の移動時間の暇は寝てるかこれを読んで過ごすことになりそうだ。



涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

*1:当然、下の住民の方は亡くなられたそうだ。

*2:とりあえず、目の前の困難な状況を乗り切るために、普段は交流のない人たちが、共通の目標に向かって一致団結し、協力的な態度で共同生活を送る状況のこと。

*3:作品中では「北口」、「光陽園」となっている。