昼下がり

昼下がり、久々に外に一人で食事に行く。駅の方とは逆向きに下町の住宅街の方に歩く。裏道の角にある文字通りセピア色にくすんだ喫茶店に入った。今日は2度目だからすんなり入った。最初は営業中の看板がまるで当てにならないぐらい時間が止まったような雰囲気で、少し勇気を持って入ったものだ。

店はおばあさんが2人でやっている店だ。今日は私が最初の客だったのかもしれない。なにやらにぎやかにしゃべっている。一人、窓際の席に古びて雑然とした店に佇む。明るいのは窓際だけだ。店の奥は少し暗い。奥の席には、何か物が置いてある。メモや小物や、新聞やら。端から客が座るのをあきらめたような机がいくつかある。中には正月の飾り物の松を再利用してアレンジされた花瓶が自己主張をしながら真ん中においてある机もある。なんか可笑しい。
ただそれなりに営業努力もしているようだ。席のそばの雑誌入れには割と多くの漫画雑誌がおいてある。多分若い世代を意識しているからだろう。店の奥にあるごちゃごちゃしたセピア色のカウンターの上には、御丁寧に漫画雑誌の発売日の備忘録用のメモが張ってある。ただ目論見通りにいってないだろうなと、2週間前の発売日の割には真新しいヤングジャンプを手にしながら思った。

日のあたる窓際においてある色とりどりの植木鉢とは対照的に日の当たらない室内は文字通りセピア色だ。どう見ても昭和に作られたでかく錆付く寸前のエアコン。壁に張ってある色の落ちかけた水着のグラビアポスターも何処か時代もののように見える。そう言えばなんかカレンダーだけは沢山張ってあった。多分もらい物だろうか。余ったからとりあえず張ってある。何のアレンジも無く、とりあえず張ってある。やはり少しおかしい。

メニューも色がくすんでいた。そして半分は役に立たない。試しにピラフセットを頼んでみた。

「すんまへん、ありませんねん。」

なんら悪びれるふうもなく、ゆったりとした声だったが、即答で返ってきた。「何が出来ますか?」と聞いた。

「今日はうどんとカレーの定食ですねん。」

うどん定食を頼んだ。少したった後で、食事中、作業着の下に「鶴」とかかれたシャツを着た工員さんが入ってきた。しばらく躊躇した後にメニューを3品選び、ことごとく「ありませんねん」と断られた後、ようやくサンドイッチで妥協していた。なんかペースが狂ったのだろうか。それから無理やり夢中になって、ビックコミックを読んでいた。ぎこちなかった。多分もう来ないだろう。なんか可笑しかった。

話し声を聞いていると、今日の昼ごはんのメニューどうしようと、買い物で何を買ってくるか。そんなを話をしていた。よく聞くとどうも、近所の一人暮らしのお年寄りの方々に昼ごはんを作って宅配してもらっているらしい。公的な補助も出ているようだ。そうやってあの2人はこの喫茶店をつないでいるのだと理解した。

うどん定食は昆布うどんにご飯におかずだった。おかずはかぼちゃの煮物に、薄くきった胡瓜、菜っ葉の漬物、輪切りの茹でた玉蜀黍、デザートにパイナップルが一切れととイチゴが一個。終わりにコーヒーが出る。どう考えても、普段、家で食べている料理をそのまま出している感じである。ただお年寄り向けだろうか、薄い味付けだが、そんな飾り気のない所が実は気に入っている。あっさり味のかぼちゃの煮物は年季の入った技だと思う。前回はカレーライスを食べたが、その時に一緒に出たキャベツとわかめと麩の入った味噌汁には、底の方にだしじゃこが混ざっていた。インスタントじゃない。喫茶店で本当に手作りの味噌汁を食べれるなんて、軽い驚きとともに割りと嬉しくなった。

客もほとんどいない、このセピア色の喫茶店いると、時間の止まった世界に居るような気分になる。普段は同世代の客を相手に世間話でもしているのだろうか、おばあさん達は、普段来そうに無い、年代の客を相手に少し勝手が違うような雰囲気だ。そんな様子も少し可笑しい。

ただそんな雑然とした、しゃれっ気のない店の雰囲気に妙にゆったりとした気分になるのも事実だ。ソフトウェア開発の仕事で、効率や規則や論理等と対面している私には、この店のいい加減さにホッとさせられている。また余裕があるときに来ようと思う。

そうして今日もつかの間の休憩を終えて、会社に戻っていった。