ラジオ

先日、3/21 の午後7時半、NHK スペシャルを見た。「放送80周年特集 情報が命を救う 第1回 いのちのメディア 〜ラジオにみる放送の原点〜」というタイトルだった。関東大震災に於いて、新聞がその機能を失うと同時に、横浜港に寄港していた船舶からの無線を通じて、震災の現状が伝えられ、それがその後の世界的な復興支援につながった事を契機に、ラジオ放送が始まったと言う内容の出だしだった。

ラジオ放送80年の歴史を振り返りながら、その功績だけでなく、ラジオによってもたらされた被害についてもちゃんと取り上げられていた。公平かつ冷静な見方であり好感が持たれた。いい番組だったと思う。ただ、その内容を見ていて気になったことがある。番組ではその事について、深く掘り下げては無かった。
ラジオの功績として、室戸台風でラジオでの警告によって大きな被害を免れた例やアフガニスタンでの復興において、ラジオが市民の声の代弁者となっている例、先の新潟中越地震での被害復興状況の放送があげられていた。
一方で、ラジオによる被害としては、日本の第二次大戦における戦争翼賛の世論形成や、広島への原爆投下での虚偽の過少被害報告*1や 1997年のルワンダ大虐殺で、ラジオを通じて民族対立が煽られた事実を紹介していた。*2

しかしよくよく考えてみれば、ラジオによって情報を多くの人々に伝える事で天災による被害を軽減する事は出来たが、戦争のような人災においては、それを防ぐ事は叶わないどころか、却って被害を拡大している部分もある。アフガンの例についてはタリバン政権という人災が過ぎ去った後に始めて、ラジオの出番が出てきた事になる。そういう意味では、地震や台風と言う自然現象そのものは誰にも止められないの同様に。戦争という人災を前にして、ラジオは無力だったのだろうか。

孔子の言葉に「苛政は暴虎より猛し」とある。2000年以上も前の言葉で、高校時代に国語の漢文の時間に習ったが、今でも全くその通りのような気がする。天災はあくまで一過性のものであり、敵、味方に分かれて物事を考えるような状況ではないので、ラジオに悪意が入る可能性は少ない。しかし戦争のような人災では、情報発信源の集中管理が容易な事が仇になっている。人の意図を伝えるラジオは人の意図によって起された戦争において、やはり人の意図を伝えてしまっている。メディアには善悪は無いだろう。結局、誰がそれがどのように運営するかによるのだろうが、何ゆえ良くない方向に傾くのだろうか。

最近、ライブドアとフジテレビの攻防戦が盛んに報道され、それをきっかけにメディアのあり方が色んなところで考えられているが、あのような経済の面からだけでメディアが語られているのは、正直少し違和感を感じる。NHK でも連日盛んに報道しているが、せっかく良い企画の番組なのだから、ライブドア問題と同様の熱意を以って、こうした観点からもう少し掘り下げて、論じて欲しいと思った。ただそれは、ラジオやテレビのような一過性の強いメディアでは無理なのだろうか。新聞はどうだろうか。ただ最近は色々と批判も多いようだが、まだ可能性があるのだろうか。それとも最近注目を集めている BLOG 等の参加型メディアによるジャーナリズムならどうなのだろう。ただどのようなメディアを持ち出しても、時代の空気を作っている物が何なのか。まずそこを把握する事からなのだろう。だがメディアが時代の空気を左右しているともし考えるなら、それは多分にメディアの奢りであるような気がする。権力に立ち向かい、民意を反映することがジャーナリズムの正義だとするなら、思慮が足りないだろう。1905年、日露戦争終結の為のポースマス条約締結の後、東京の日比谷で何が起こったか。考えてみれば分かる。今の世なら大丈夫なのか。歴史は意外な形で繰り返す事もある。銀座のような繁華街で装甲車を転がし、「三国人」と人種差別的な発現を公の場で行う知事がいて、それが結構人気が高い上、彼が治める都市部の公園には中東からの出稼ぎ者が大量におり、その多くは2001.9.11以降、誤解・偏見の多いイスラム教徒。*3 一例をあげたが、考えてみれば、日本の社会を覆う閉塞感にも依存しているが、火種はいくらでも転がっている。メディアは何ができるのだろうか。

荘子は「世の中には人の知らない事の方が圧倒的に多い」と記したが、物を知れば知るほど、情報を多く集めるほど、その事を忘れていく。世の中に流れている多くの情報の影に、本当に知るべき事実があるかもしれない。時としてそうした事実を探るためには、文字通り命がけの努力を要求される事もある。先の記事に記した アンナ・ポリトコフスカヤ女史の例はその事の良い例だと思う。妙な胸騒ぎがするのは、自分の家族に起こっている事だけが原因ではなさそうだ。最近、新聞をよんだりテレビを見たりするにつれ、そう感じる。気のせいだと良いのだが。

#追記: 関係する興味深い記事を見つけたので kibashiri さんの所にトラックバックを打ちました。(2006.3.5)

*1:これによって、原爆投下直後の広島に多くの人が心配から訪れて、多くの放射能汚染の2次災害が発生した。

*2:ツチ族のやつらは最低だ、根絶やしにしてしまえ」と実際に放送された音声を再現しながらの紹介だったが、正直ラジオからあんな放送が流れてきたら、悪夢以外の何者でもないだろう。

*3:先日、電車の中で高校生の会話を聞いていると「イスラム教? テロリストやん、やべー!!」って声が聞こえてきた。「やばいのはお前らの無知やろう!!」と心の中で思わず突っ込みを入れてしまったが。