実験データ、免罪符、アーカイブ。

確か、終戦記念日の新聞にこんな記事を見つけた。色々と考えさせられた。

実験データ提供の見返り。
731部隊関係者、米から現金
GHQ が秘密資金工作・米公文書 終戦2年後に働きかけ。

第二次世界大戦に中国で細菌による人体実験を行った旧関東軍防疫給水部(731 部隊)*1の関係者に対し、GHQ連合国軍総司令部)が終戦二年後の一九四七年、実験データをはじめとする情報提供の見返りに現金を渡すなどの秘密資金工作を展開していたことが14日、米公文書から明らかになった。
人体実験で三千人ともいわれる犠牲者を出した同部隊をめぐっては、GHQ終戦直後に戦犯訴追の免責を約束した事が分かっているが、米国が働きかける形で資金工作を実施していた事実が判明したのは初めて。
文書は47年7月17日日付の GHQ 参謀第二部(防諜部門)=肩書きは当時、以下同=のウィロビー部長のメモ「細菌戦に関する報告」と、同2月12日付けの同部長からチェンバリン陸軍省情報部長あて書簡(ともに極秘)。神奈川大の常石敬一教授が米国立公文書館で発見した。
・・・略・・・
具体的な名前は挙げていないものの「第一級の病理学者ら」が資金工作の対象だったと記載。一連の情報は金銭報酬をはじめ食事などの報酬で得たと明記している。陸軍情報部の秘密資金から総額15万〜20万円が支払われたとし、「安いものだ」「20年分の実験、研究成果が得られた」と工作を評価している。

日本経済新聞、2005年8月15日 30 頁より引用 」

最近、近隣諸国との関係でよく騒がれている靖国神社従軍慰安婦などの話題に比べると地味な記事だったが、被害者の数や、その非人道的な所業を勘案すると、かなり重要な事実だと思うのだが、どうなのだろうか。果たして研究成果の内容はどのような物で、その後アメリカでどのように活用されたのだろうか。倫理を、良心を捨て去って得た研究データを免罪符に彼らはその所業を罪に問われる事も無く、利益を享受していたわけだ。少なくとも当時の国民の税金を使って行ったこうした研究を私物化した事実を私たちはどう考えれば良いのだろうか。戦争という物が民族や人種を超えて、人の醜悪な部分を拡大する様相がよく分かると思う。

また、かれこれ60年近く昔の話であるが今につながっている部分もあると思うのだ。

かつて冷戦期の1980年代にソ連アフガニスタン侵攻に絡んで、アメリカがアルカイダ等のイスラム武装組織に資金や武器や軍事教練の援助を行っていたのはよく知られていた事実である。2001年9月11日から後にアメリカでアルカイダ等の反米イスラム武装組織によるものと考えられている炭そ菌テロの騒ぎがあったが、関東軍 731部隊の研究はアメリカで引き続き行われ、その成果がアメリカとアルカイダの密月の頃にある程度、技術移転されていたと考えることも出来る。
また、これは完全な想像だが、細菌兵器だけでなく化学兵器の研究データなども存在していたとしよう。その中にはダイオキシンによる人体侵襲の実験結果なども有ったとしよう。そうした結果から、後々のダメージも考慮した上で、または追試の意味あいも含めて、ベトナム戦争での枯葉剤作戦が承認されていたとしたら、どうなのであろうか。
事実は途中までわかっている。そこから先は闇の中である。今の段階では想像でしか物を言う事は出来ないが、時が経てば探す事が可能になる。*2 果たしてその頃に誰がどう探すか。難しい話であるが、記録された事実がちゃんと存在する事は保証されているのである。

最近、中国など近隣諸国とのトラブルを契機にナショナリズム的な論調で、日本の戦争行為の正当化するような言論の題が新聞の雑誌広告などに目立つようになった。雑誌記事なので、幾分、感情を煽るような誇張した書き方に成っているだろうが、彼ら論客は、果たしてその時に、何が起こったかと言う事実をどの程度、自分の手や足や目で詳しく調べたのだろうか、検証したのだろうかと思う。この記事にも有るように、この事実も数多く存在する文書の中から九牛の一毛のごとく、深く秘している部分を注意深く、労多くしての結果なのである。だから説得力もある。手軽に情報を発信できる時代だからこそ、手軽さからか、事実から目をそらしたか一面しか見ていないような論調が多くなってしまったような気がするし、こうした仕事が非常に光って来ると思う。

この記事の事実はアメリカの国立公文書館から発掘された物だ。日本にも国立公文書館各自治体毎に公文書館がある。しかし、その重要性が社会的にどの程度認知されているかという部分については、大きな差が有ると思う。それは従事しているスタッフの数に表れているそうだ。日本の場合、公文書保管の現場の苦労は、あまり世間に知られる事も無く、予算も、人員も控えめな物だそうである。世界的に見て、日本の公文書保管制度の充実度は最低レベルであり、確か、アメリカなどは優に5倍以上の人員を掛けて、維持管理を進めているらしい。アジアではインドネシアが進んでいるらしい。最低限の文書保管から、より積極的に、保管文書活用のための検索システムの構築、運用のためには本当に人材が必要なのだ。*3 少なくともアメリカのアーカイブからこうした記録が出てきた事については、私たちはどう考えればよいのだろうか。

最近、中国や韓国との歴史認識を巡っての外交トラブルを見ていて思うに、こうした記録の積み重ねの重要性が高まっていると思うのだが、世間の動きをみていると、どうも違うようだ。国益を声高に主張したり、感情的に反論する以前に、事実の記録を発掘し、積み重ねていき、共有する事が必要だと思うのだ。これは国民性なのだろうか。
確かに分野は違うが、品質管理の ISO 9001 や環境保全の ISO 14001 などの認証の仕組みは、ドキュメント指向であり、目視による検査より、事実の記録の確認を重視した監査体系を持っている。こうした文書体系を重視する仕組みは殆どがヨーロッパが発祥の地であり、日本ではどうしても有効に機能していない嫌いもある。*4あれも事実を記録したその蓄積が何を意味するのかが、分かっていないと形式主義に陥る可能性が高い。しかし本当の意味で効果があり、継続する組織や仕組みの改善は、正しく記録された事実を多面的に観て、考えるところからしか生まれないと思う。それは、政治的な方針を定めていく上でも同じ事だと考えられる。だから、あえて負の側面も含めて、事実を全てを記録しようとする努力が行われているのだろう。

確かに記録を取り、保存していく事は面倒な仕事ではある。*5、しかし、アーカイブと言った地味な分野の成果として、国境を越えて埋もれた記録の中から、こうした価値のある仕事が行われている事を知ると、もっと光があたって欲しいと思う。便利にはなったが、Google をいくら探しても、こうした意味のある事実は浮かび上がってこないと思う。今は仕事でこうした分野に関わる事は無くなったが、機会があるなら、もう一度情報システムの観点からこうしたアーカイブ制度に貢献するような仕事してみたいと考えている。

*1:満州国を拠点に活動を行い、中国人やロシア人捕虜に対して人体実験を行ったり、炭そ菌やペスト菌を使って中国各地で実際に細菌戦を展開している。

*2:要するに公文書の秘匿保存年限が過ぎ、公開可能になった段階のことである。

*3:個人的に一度、文書管理用の情報システムの開発を経験した事があるが、漏れなく保管する為の制度作りから、人の心理を見越した上での使いやすい検索の仕組み、秘匿と公開の線引きの問題など、数多くの奥深い課題が存在する

*4:確か、リコール隠し問題をおこした某自動車会社も ISO 9001 を取得しており、事件が発覚した後に認証を剥奪された。

*5:私はプログラマ−でもあり、ハッカーはドキュメントを書かない傾向にあると言われている。ある意味、反省はしているが、・・・・・